どこに光を当てられるか?が人生を変える。たとえばこんな風に

本当の誕生日を知らない誕生日

今日2月12日は戸籍上ではなく、実際に私が生まれた日、と教えられている日です。

産みの親がこっそり生み、母子手帳なども作らなかったため、後に育ての両親へ私を渡す仲介役をしてくれた人から、本当の誕生日は2月12日だそうだよと聞いただけで、何の証拠もありません。

わかっている情報は3つ。

本当の姓は「小泉」だということ。
生まれは東京の鹿浜で、血のつながった祖父母が入っているお墓もわかりました(お墓に刻まれた祖母の命日は8月12日、祖父の命日は9月23日です)。

母の名は「きみ」さんという方で、母だか父だかが医者の家系らしいとのこと。

どうも後に母は再婚し、お子さんを何人かもうけたそうなのです。

KEI
なので半分血のつながったきょうだいがいるらしい。もしかして?と思う方、よかったらご連絡下さい。

さて。

私にとって誕生日というのは、どうしてもアイデンテティと向き合わなくはならない、答えが出ない悶々とした日です。

どこの誰がいつどんな気持ちで生んだのか、私は誰なのか、どうしたって考えざるを得ないのです。

なので長いこと、誕生日は聞かれても答えられないし、祝ってもらわなくていいと伝えてきました。
ですが、タイプは色々あれど、祝いたい・カードやメッセージだけでも送りたいという方が古くからの友人を含めいて下さいます。
それはとても幸せなことだと思います。

ただ、いつも思うのは、誕生日があり、それを祝ったり祝ってもらえたりすることが、どれほど当たり前じゃないことなのか

それを考えることもない多くの方との埋められない感性の差を思うにつけ、悩んでいる人ほど今自分が得ている幸せというものに光を当てられたら、と感じるのです。

多分このあたりが私の原点なのかなとも思うのですが、育ててもらった家でもあまり良い扱いを受けられなかったので、信じられるものは自分、という軸が幼い頃から出来上がっていました。

自分で自分のラインを決めて、それを超えられたらがんばったなと思う。
だから人がどうであっても興味がないので、嫉妬したり自己を卑下したりという感情がない。

どんなことでも、良いところを探してそこに光を当てる。

それが「良い意味での生き方のくせ」になっているのだと思います。過酷な家庭環境の中で、生きるために必要だったのですね。

例えばこんな風に

先日、2月2日に山田豊文先生を初めてお招きした大切な講演がありました。


その様子、いただいたご感想などはこちらにUPしてありますので、ぜひご一読下さい。
第1回:細胞環境デザイン学×子どもの発達研究所 山田豊文先生講演のご報告

そのなんと前日の深夜に、沖縄にいる長男が救急車で運ばれたとの緊急連絡が沖縄の病院から入りました。

重い大腸炎で、盲腸からなにから隙間ないくらい腫れあがっているとのこと、血便・嘔吐も止まらず大変だったそうです。
(講演終了後に沖縄へ飛び、一週間私も沖縄に滞在して無事退院いたしました)


こんな時、どう思うか?

A「なんでよりによってこんな大切な時に・・・行こうにもすぐに飛んでいけないし困ったな」

B「なんてタイムリー!山田先生の講義を聞いてすぐにミネラルファスティングができる」

私はもちろんBです。常にこうした光を当て続けて生きていけば、それは全て糧になり、つながっていきます。
とてもシンプルなことなのだと思うのです。

もしも私がずっとAを選び続けてきたら、こんなはずじゃなかったのに、私の人生は何て不幸ばかりなんだろうと、とてもみじめな人になっていたように思います。
ざっと書き出しても・・・

産みの親に捨てられ、さらに育ての母に虐げられ、そんな母と暮らしていた父はしょっちゅう吐血し、しまいには長期入院、頑張って入学した大学を中退せざるを得なくなる.
経済的理由もあり家を出て夜の世界で働き、そこでの出会いからバイクや車に目覚め、危ない目にも何度も遭う.
やっと拾ってもらった就職先では上司に言い寄られ、ひどいモラハラとストーカー行為を受け仕事ができなくなり←死にかけた
結婚したら夫と子どもがうつ・発達障害の症状が顕著.
義両親は大借金を作って破産ののち離婚 闇金にも手を出し、元夫も多額の借金 毎日の食事や衣類もままならない有様.
こんな感じ。
昔やっていた、嗚呼!バラ色の珍生!!とか、いつみても波瀾万丈といった番組がありましたが、うーん全然負けてない♪と思うのです。

コツは、

「お、この状況から神様は何を学べっていってるのかな?」

と軽やかに思うことなのかなと思います。それからもう一つ。
ご相談下さる方のお悩みの中で多いので追加しますね。

「学ぶことが何もなかったら人間に生まれて来てない、それは神様です」

と思うことなのかなと。
どんな人でも影があり苦労がある。得たものと引き換えに失っているものもあるのです。
でもどこに光を当てるか、によって全然輝きも、そしてつかんでいくものも、変わっていくのだと思うのです。

ただ、一つだけ、大切なことがあります。

不必要に我慢し続けちゃだめだよということ。
もし今、夫婦関係でとても辛い環境に置かれているなら、甘んじず、逃げるなり戦うなりすることも時には必要だということを忘れないでくださいね。