満たされていない人の思いに引きずられない

お子さんのこと・夫婦のこと・仕事のことなど実際の事例なども時折交えながらアドバイスなどをご紹介していきます。※多忙により不定期になりましたが、なるべく毎月1記事は書きたいと思っています。

夫婦や、ご両親・ご親戚の関係


先生との関係


ご近所の方やママ友たちとの関係


職場での関係



などといった人間関係からくる様々なご相談、というのをいただき、その内容も多岐に渡るのですが、本質的なところ、というのはそんなに多種類あるわけではないように感じています。

その中でも、一つ、お伝えしたいことを今日は書こうと思います。


「どうしてこんなこともできないの?」

という類の言動をとったり、あるいは感情をあらわにする方って、いますよね。

例えば子供に対してお父さんという立場だったら、


「絶対に〇〇学校へ進学しなければ許さない」
「最低でも何点以上取らなければならない」
「こんなこともできないのか」


同じく子供に対して、夫婦いずれかの両親や親戚などという立場だったら


「〇〇ちゃん(他の親戚の子供)はできるのにどうしてできないのかね」
「こんなの(血縁関係にない親を指す)と結婚したからこうなった(こんな不出来な子が生まれたんだ)」


担任の先生などからは


「(自分のやり方に従わない・自分の常識から外れているので)問題児です」
「〇〇できないので反省しなさい」


ご近所やママ友、あるいは職場でのおつきあいの中では、あからさまにいじめを容認したり、連絡を回してくれなかったり、はっきりと病院に行ったら、などと忠告してきたり。

職場や夫婦関係では、もっとひどいことを言われたり、されたりすることもありますね。



こんな風に言われたり・扱われたりすると、そのやるせなさは、自分を否定された気持ちだけにとどまらず、これまでの自分の人生を、そして子供の存在を、全て否定された気持ちになってしまいます。

これ、本当に心身ともに苦しいですよね。




でもね、実はこれは「相手のパーソナリティに問題がある」ことがほとんどといっても過言ではありません。


そういう人たちは、少ない経験の中で、小さな世界の小さな価値観しか持っていない。

大学を出なくても・中小企業でも、楽しく成功できる仕事があることを知らない。

アルファベットや漢字を何度も何度も書いて練習する方法が合わない(別の記憶方法を取っている)、という子供がいることを知らない。

言葉をうまく話せなくても、ちゃんと全身で(たとえばそれは色とか体の感覚など)相手の気持ちを察する能力がある人がいる、ということを知らない。

無表情だったり何も言わないからといって、悲しんだり・苦しんだりしていないわけではないことを全く想像できない。

要するに、経験という引き出しがとても少ないのです。



自分だけの経験と知識に基づく価値観だけで、何もかも決めてしまう。


そういう人たちは「不安」なのです。

自分の知っているやり方・見方にあてはまらないものに柔軟性がない。
逆に言えば、柔軟性がないから、そういうやり方・見方しかできない人生を送っている、ともいえますね。

そのため、潜在的に、相手を自分のレベルに引き下げようとする。
そうすることで安心したいのです。
心理学講座などでは、こういう人間の心理を基礎的に学びますね。
  先日、基本に立ち返ろうと講座を受講してまいりました。


相手を貶めることで、自分を確認したい。
相手を不幸と思いたい。


それはとてもさみしいことだと思いませんか?


今を楽しく生きていない。

そういう人に巻き込まれることほど、馬鹿らしい人生の時間の使い方はないですよね。

足りなかったのは、自分や子供ではなくて、相手だったのだな

そんな風に思うだけでも、少し呼吸が楽になるのではないかなと思います。