加害者といわないで…

読者の方から(公開了承済):都内在住 K様(50代男性の方。お子様2人。ご本人とご長男が発達障害の可能性) 奥様のお気持ちに寄り添ったメールです


都内に住む50代の会社員です。
「グルテン不耐」からそちら様のBlogに辿り着きました。


拝見させて頂き、身につまされる思いで一杯です。驚くほど我家と状況が似ているからです。
4人家族、私、家内、20才の長男、18才の長女ですが、発達障害の対象は私と長男です(確定診断ではありませんが)。
その関係で家内は今まで物凄い苦労を重ねて参りました。


その事は私なりに理解していた積もりですが、そちら様のBlogを拝見させて頂き、
改めて家内の立場での思いというものを教えて頂いたような気がします。


一言感謝申し上げたく、ご連絡させて頂きました。ありがとうございます。
これからもご苦労は続くと思いますが、どうかご自愛のほどを。
今後もBlogの方拝見させて頂きます。


【追記】(その後のやりとりの中で)
小宮様のブログ又その読者の殆どの方は日頃発達障害者でご苦労されているのだと思います。
そんなご苦労されている中、私のような立場からの書き込みは自己弁護に映り、もしかしたらブログ趣旨から大きく外れた内容だったのでは?と心配しておりました。
と言いますのが私が書いた内容はある意味「加害者」の立場からのものだからです。




このメールを頂戴した時、私はとても切なくなりました。


男性として、夫として、父親として、当事者として、きっと様々な思いを抱えつつ、心の奥底の、細かい気持ちを口に出さずにぐっとこらえて生きてこられた、そんなバックグラウンドを感じずにはいられなかったからです。

その背景にある「申し訳ない」という自己否定の苦しみが、発達障害を抱えている子供たちや夫(あるいは妻)の声なき声なのではないかと。
(K様のように思慮深い方が発達障害だとは私には思えませんが…)

「加害者」という言葉が、ずしんと重く響きました

私は今この文章を書いている最中でも、涙があふれてきてしまいます。

私には男の子がいるので、この子が将来、もしも結婚できて子供を持てたとき、自分にはそんなつもりがないのに、結果としてパートナーや自分の持った家族を傷つけ、「加害者」であるという自己認識を持ってしまうとしたら…こんな哀しいことはありません。

でも同時に、私の場合はですが、夫に対して、あの莫大な借金を作ったこと、何年にも渡る忠告に耳を貸さずに好き勝手な食事をして症状をさらに悪化させ、暴力的になっていったこと、子供たちが夫のコピーのような過ちを繰り返していることについて、これも哀しいかな、加害者だという思いもあるのが正直なところです。

この2つの思いについて、明るい道筋を見つけたいからこそ、日々自分を鼓舞し、前を向いて生きているのかもしれません。


たしかに、発達障害がなぜ「障害」という名前がついているかというと、一般的な社会ルールにそぐわない面が、本人ではなく、周囲の人たちにとって受け入れがたいものだからですよね。
でも、逆の立場から考えたら、こちら側が「加害者」なのかもしれないという思いも、常に私の胸にあります。

K様も、望んで自らを「加害者」だなんて思う人生を選んだわけではないはずです。

”発達障害”の場合は、本当にその場その場でやることに対して「全く悪意はない」んですね。
そこまで後先を考えられるだけの力が弱いため、自分の思いに対して忠実なだけで、それを社会通念だとか・相手の気持ちだとか・今置かれている状況だとかに合わせてコントロールする、ということができない。

別のところでも書いていますが、つまり幼い子供と全く一緒なんです。脳の神経ネットワークの広がりが、それだけ足りていないということなんですね。

なので、ほしいからやる。怒りたいから怒る。やりたくないからやらない。約束したけど守れない。気付いたら時間が経っていた…になってしまうわけです。
当然、年齢不相応な振る舞いになるため、結果として迷惑をかけてしまいます。

でも私たちからみれば、どうして?という思いが先にたち、なじり、怒り、否定してしまう。頭ではそうした特性を理解できても、
「もう大きくなったんだからわかるでしょ」
「これだけ言ったんだからわかるでしょ」
と思ってしまう。

こうした刃が”発達障害”を持っている人を傷付け続けてしまい、彼らの心を損なってしまうんですね…。
同時に、私たちは、何度言ってもこちらの気持ちなどおかまいなしに、同じ過ちを繰り返すパートナーや子供と接することで、まるで私の人生など大切なものではない、というように受け取れてしまい、深く傷ついてしまう…。

お互いに、幸せになりたい、愛されたい、愛したい、共感したい、救われたい…そんな思いは一緒のはずなのに、宇宙的平行線をたどる哀しさ。

私に、私たちにできることは、せめて次の世代の子供たちが、人を愛し、愛される喜びを知る人生を送れることを、子供たちがつくる未来の社会を、全力でサポートすることなのかなと思います。

尚、ここでは、相手の気持ちや置かれている状況を考える、という俯瞰能力が弱いことを含め、障害といっています。
個人的見解ですが、忘れ物やまちがいが多い・こだわりが強い・自閉傾向があるなどという特性はあっても、相手の気持ちを考えたり、状況に合わせて自分を正したりすることができる=何度も借金をしない・暴力を振るわない・申し訳ないと思える・過去の過ちから学べる等の場合、多少の”弊害”はあっても、”障害”にはならないと考えます。
その場合は平行線にはならず、何かしら折り合いをつける方法は必ずあると考えています。)



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