こんな症状でした編Ⅳ:夫婦関係失敗の原因分析

こんなでした編Ⅰ
こんなでした編Ⅱ
こんなでした編Ⅲ

アンフェアなやり方は好きではないので、客観的に、どうして夫が病んでいってしまったのか、夫婦関係がどんどん悪化してしまったのかについて分析したいと思います。
 
 
私が「発達障害」ということを詳しく知ったのは、長男が小学5年生の時でした。

夫と結婚して14年目、今からほんの5年前のことです。

従ってそれまでは、先の記事でご紹介した「こんな症状でしたⅠ・Ⅱ」については、全く理解不能でした。

なので、頭ごなしに

「いい大人としてありえない」
「ミスからなぜ学ばないのか?」

というただそれだけにおいて、あなたは間違っているという意見を一方的に押し付けてしまっていたのです。
 
 
もちろん、一般論で考えれば、あの莫大な借金を繰り返すことも、しょうもないミスを繰り返すことも、時間にルーズなことも

「社会人失格」

です。少なくとも私はそのように社会に出てから教育されました(所属する企業や接する大人たちから)。
 
 
ですが、読者の方々はもうご存知だと思いますが、発達障害に限っては、この一般常識・社会通念が通用しません。

夫にしてみれば、いい悪いは別として、必ず夫なりの理由があるからやっている(あるいはやらない)わけであり、それを聞いてくれない・受け入れてくれない私という存在に対して、とても苦しく思っていたのだと思います。
 
 
一番大きな分岐点であり、それぞれの心に闇を落としてしまったことが、借金問題でした。
結婚して2年後、今から17年も前の話になります。

夫は

「どうして、こんな借金をしてしまったのか、まずは母親のようにやさしく聞いてほしかった。聞いてくれさえすれば、自分の気持ちを話せた。受け入れてくれれば、その後の説教はいくらでも聞けた。でも自分を受け入れてくれなかった。」

これがずっと延々、私に対する不信感とうらみになって響きます。
 
 
私は、

「人生、そうあるものでもない妊娠・出産という本来なら最も幸せであるはずの時期を、借金とギャンブルと嘘で真っ黒に塗りつぶされたこと」

「その後の苦しい借金返済中も、私たち母子は、10円で買ったパンの耳や、畑の端に捨ててある半分枯れかかった売れない野菜、近所の人から分けてもらった食べ物などでしのいでいたにもかかわらず、自分はそんな臭いもん食えねえと、毎日コンビニで好きなものを買うのをやめなかったこと」
 
が許せず、その後夫が何かしでかすたびにこの話を持ち出して、どうしてこの時の私の気持ちがわからないのか、どうしたらここから学んでくれるのか、を繰り返します。
 
 
まったくベクトルが合っていないところで、お互いが

「自分の気持ちをわかってくれない」

という傷を抱え、相手に対する不信感を募らせていくのです。
 
 
もし私が発達障害のことを当時から知っていたら、ああこのあたりの想像力が働かないのだな、このように導いてあげればいいのだな、と考えられたと思います。

「(怒らずに)どうしてそんな借金をしたの?」

から初めて、夫の気持ちをまずは聞き、そうだったんだね、と受け入れる。
その上で、でもそれはこうだから、やってはいけなかったよね、こういう風にして返していこうね、といってあげればよかったのです。
 
また、自分だけ違うものを食べていたのも、今思えば感覚過敏により本当に彼は食べられなかったんですね。
 
好き嫌いが全くといっていいほどない私でさえ臭いと思ったくらいですから、そりゃあ食べられないわけだったのです。
 
このように受け入れてあげられたら、全然その後の人生が違っていたのです。
 
こうしてあげないことには、夫には私が受けた傷など想像することも受け入れることもできなかったんですね。
 
受け入れてもらえた、という安心感からしか、最初のコミュニケーションの扉は開かなかったのです。
 
(なので夫は未だに私の傷を受け入れていません。あの時自分を受け入れてくれなかったことを恨んでいます。)
 
 
これ以外にも、私は夫が、理由がわからず不機嫌でいることが耐えられなかったというのがありました。

なので、なぜ突然そんなに不機嫌なのか、いつも問い詰めてしまいました。

放っておいてくれといわれても、それが何ヶ月続くかわからないのですから、放っておけなかったのです。
 
 
当時はもちろん愛情もありましたので、同じ屋根の下にいて目も合わせてくれない、口もきいてくれない、真っ黒い不機嫌なオーラを放っている、というパートナーと一緒に過ごすことがつらかったのです。

なので、頼むから理由を話してほしい、頼むからそういう態度をやめてほしいと追求してしまいました。

ですが、あれは夫自身、自分で自分の感情をコントロールすることができず、混乱していたんですね。

たいてい、それまでに小さな不満(髭剃りを買っておいてくれなかったとか、まぁそういうことです。こういうこと=いかに自分に気を配ってくれているか、が夫にとっては、私の愛情を図るバロメータだったのですね)をため、爆発すると殻に閉じこもっていたようなのですが、とにかく本当に、本人が言うとおり放っておいてあげればよかったのです。
 
 
この分岐点以降、何度やり直しを図っても同じ過ちを繰り返す夫に対し、「不誠実」としか思えなくなってしまいました。

でも本当は、夫は夫なりに頑張ろうとしていたのです。
でも「できなかった」んですね。

それが「発達障害」の限界だったのです。

限界があるということを、本人も私も知らなかった。だから頑張ればできると思い描いてしまった。
これが大きな間違いでした。
 
 
だから、塗り絵にしても、筋トレにしても、やろうと思う。続けようと思って始める。
でも続かない。

今思えば、やり切れるだけの脳内物質や栄養素が足りていないわけですから、できるわけなどないんです。
栄養失調でガリガリにやせた子供に、フルマラソンを走れといっているようなものだったのです。
(物事を最後までやり遂げるにはドーパミンやノルアドレナリンなどがしっかり分泌されることが必要です。)
 
こうして(夫にとっては)無理難題を私は押し付け、結果夫は、できないのでさらに自己嫌悪と私に対する恨みや憎しみといった負の感情を募らせ、私は夫に対して「また裏切った」という怒りの感情を募らせていってしまったわけなのです。

そういう感情の中で毎日一緒にいるわけですから、夫としては、自分と向き合うのもつらいし、私からの無言のプレッシャーもつらいし…でもがんばりたいと思うし、もう若くないから残りの時間とチャンスもそうないし…というところでストレスを溜めていったのだと思います。

つづく

こんなでした編最終章:現在のとても良い状態について



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